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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)11012号 判決 1999年9月21日

原告(両事件) 上坂祥元

右訴訟代理人弁護士 折田泰宏

同 島崎哲朗

被告(第一事件) 佐伯勉

<他3名>

被告(第二事件) 古川貢

右五名訴訟代理人弁護士 深井潔

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(第一事件)

一  被告株式会社ぱあとわんは、「Free Art Pro カリグラフィイラスト」と称するCD―ROMを、製作、頒布してはならない。

二  被告株式会社ぱあとわんは、前項のCD―ROMを廃棄せよ。

三  被告株式会社ぱあとわんは、別紙一記載のとおりの広告を、同被告のホームページ並びに朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各紙の全国版朝刊の社会面に各一回掲載せよ。

四  被告株式会社ぱあとわん、被告大塚誠及び被告広瀬由美は、連帯して、原告に対して、金一三二〇万円及びこれに対する平成一〇年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第二事件)

五 被告古川貢は、原告に対して、金一三二〇万円及びこれに対する平成一一年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  前提となる事実(争いのない事実、弁論の全趣旨により認められる事実)

1  原告は、商業書道作家と称している(弁論の全趣旨)。商業書道とは、文字をグラフィカルにデザインし、テレビCM、新聞広告、ポスター、商品ロゴ、店舗ロゴ等の商業目的に応じて、クライアントの求める効果(可読性、訴求力、企業・商品イメージの表現等)を実現する技法を指すものである。原告は、昭和六三年に「商業書道を拓く」、平成三年に「上坂祥元の商業書道」、平成七年に「祥元流商業書道レクチャー」という書籍をそれぞれ出版した。原告は、商業書道の確立と普及を目的として、昭和六三年一〇月一日、日本商業書道作家協会(以下「JCCA」という。)を設立して初代理事長を務め、平成八年には名誉会長に就任している。同協会は、数十名の商業書道作家で構成されている。

2  被告佐伯勉(以下「被告佐伯」という。)は、一時JCCAに加入し、その後脱会したが、最近再度加入している。被告古川貢(以下「被告古川」という。)は、一時JCCAに加入したが、その後脱会した(最近再加入したか否かについては争いがある。)。被告株式会社ぱあとわん(以下「被告会社」という。)は、広告デザイン、コンピューターソフトウェアの製作、販売等を目的とする株式会社であり、「著作権フリー」を売り物に、イラストやデザイン文字のデータを収録したCD―ROMを多数製作、販売している。被告大塚誠(以下「被告大塚」という。)は、被告会社の代表取締役であり、同社が製作販売するCD―ROMの製作に関しプロデューサーとして総指揮を執っている者であり、被告広瀬由美(以下「被告広瀬」という。)は、アートディレクターとして監修をしている者である。

3  原告は、別紙二上段右側記載の装飾文字「趣」(以下「原告の趣」という。)を作成して前記書籍「商業書道を拓く」に収録し、別紙二下段右側記載の装飾文字「華」(以下「原告の華」といい、「原告の趣」と併せて「原告の趣及び華」という。)を作成して前記書籍「上坂祥元の商業書道」に収録した。

4  被告古川は、別紙二上下段左側の「趣」及び「華」(以下それぞれ「被告の趣」「被告の華」といい、両者を併せて「被告の趣及び華」という。)の二文字を作成し(被告佐伯も作成者かどうか争いがある。)、被告会社をして、これを「Free Art Pro カリグラフィイラスト」と称するCD―ROMに収録させ、販売させた。

5  被告会社は、本件CD―ROMの説明書及びその開設するホームページにおいて、本件CD―ROM収録の文字及びイラストデータは、チラシ、パンフレットなどあらゆる広告、印刷媒体に、自由に加工又は変形、改変して使用することができる旨の表示(以下「本件著作権フリー表示」という。)をしている。その結果、平成九年二月ころ、訴外京都きもの学院が、本件CD―ROMに収録された「被告の趣」のデータを利用して、新聞折り込み用チラシを作成し、これを新聞に折り込んで大量に配付したことがあった。

二  本件は、原告が、「原告の趣及び華」の著作権者であることを前提として、①被告佐伯が「被告の趣及び華」を作成したうえ(争いあり)、被告大塚及び被告広瀬がこれをCD―ROMに収録することを決定し、被告会社が収録し、販売したことが、原告の著作権、著作者人格権を侵害するとして、前記第一の一ないし四の請求をする事件(第一事件)、及び②被告古川が「被告の趣及び華」を作成して(争いなし)、被告会社がこれをCD―ROMに収録し、販売したことが、原告の著作権、著作者人格権を侵害するとして、前記第一の五の請求をする事件(第二事件)である。

三  主要な争点

1  原告の趣及び華に著作物性が認められるか。

2  被告らの行為が、原告の著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するか。

第三当事者の主張

一  原告の主張

1  原告は、昭和四二年ころより、商業書道を開拓し、これを確立した第一人者である。原告の商業書道作家としての技量は、広告業界において非常に高く評価されており、宣伝広告分野でも評価の高い一流企業を数多くクライアントとしている。

原告は、「原告の趣及び華」について、いずれも著作権を有する。

2  「被告の趣及び華」は、被告佐伯(第一事件)ないし被告古川(第二事件)が作成したものであり、被告大塚及び被告広瀬がこれをCD―ROMに収録することを決定し、被告会社がこれを「Free Art Pro カリグラフィイラスト」と称するCD―ROMに収録し、販売した。

3  「原告の趣」と「被告の趣」(以下、これらを「本件各趣」という。)及び「原告の華」と「被告の華」(以下、これらを「本件各華」という。)は、それぞれ同一の際だった特徴を有しており、実質的に同一である。

(一) 「本件各趣」について

(1) 通常、第六画「ノ」に第七画の起点があるが、「本件各趣」では、第六画の左側から第七画が始まり、両者が交差している。

(2) 第七画は、通常下に凸であるが、「本件各趣」では、上に凸に湾曲している。

(3) 通常、第一画「一」が、第二画「|」によってほぼ等分されるところ、「本件各趣」では、右側部分に突き出る長さが極端に短くなっている。

(4) 第六画の起点は、第三画「一」と第四画「|」が接する部分すなわち第四画の起点と重なっている。

(5) 第一二画は、第一三画との交点の部分で約四〇度右上に屈折し、そのまま第一四画へと続いている。

(6) 第一五画は、上に凸に湾曲している。

(7) 第一二画の起点は、第七画に接している。

(二) 「本件各華」について

(1) 第五画、第六画の上端は、第四画の延長線より上にきている。

(2) 第二画の線幅は、第一画のそれに比べて極端に細くなっている。

(3) 第七画の起点部分には、かすれがある。この部分は、原告が商業書道に取り組むとともに自ら発案した指文字の特徴が最も顕著に現れた部分である。墨を含ませた右手の人差し指を微妙に動かすことによって、起点部分に独特の点とかすれが現れるのである。被告佐伯ないし被告古川は、この手法を第七画のみならず第一画においても模倣し、独自性を主張しているようであるが、これを多用することによって、かえって、原告文字の持つ独特の味わいが減殺されている。

4  右3のとおり、「本件各趣」及び「本件各華」は、それぞれ際だった同一の特徴を有しており、被告佐伯ないし被告古川は、原告著作物に依拠しなければ、到底作成し得なかったものである。また、被告佐伯及び被告古川は、原告が設立し、理事長を務めていたJCCAの会員であり(被告古川も、一たん脱会後、最近になって再度加入している。)、原告の代表作である書籍に収録された「原告の趣及び華」の文字を認識していなかったとは、到底考えられない。

5  右3、4の事実から、「被告の趣及び華」は、「原告の趣及び華」をそれぞれ複製又は翻案したものであって、被告佐伯ないし被告古川の行為は原告の著作権を侵害するものである。その余の被告らの行為も、右著作権侵害行為により作成された文字をCD―ROMに収録し販売するものであるから、同様に原告の著作権を侵害するものである。

さらに、被告らは、CD―ROMへの収録に際し、原告の氏名を表示しておらず、この点で、原告の氏名表示権を侵害しており、また、前記のとおり原告著作物の一部を改変しており、同一性保持権をも侵害している。

加えて、前記のとおり本件著作権フリー表示をして、第三者による原告の著作権及び著作者人格権の侵害を積極的に推奨して、第三者による右侵害を誘発した。

6  被告らの故意・過失

被告佐伯ないし被告古川は、自ら「被告の趣及び華」を作成しているのであるから、著作権・著作者人格権の侵害について故意のあることは明らかである。

その余の被告らは、調査をすれば容易に原告著作権を侵害することを認識できたのであるから、少なくとも過失がある。なお、本件著作権フリー表示をして購入者による使用を積極的に推奨して販売しているのであるから、単に自ら製作販売したにすぎない場合に比べ、第三者の著作権を侵害することのないよう配慮する高度の注意義務が課せられる。

7  損害

(一) 著作権侵害による財産的損害 二〇〇万円

原告がクライアントの求めに応じて「原告の趣及び華」を書くときの対価は、一文字につき一〇〇万円を下ることはない。

(二) 著作権侵害・著作者人格権侵害による精神的損害 一〇〇〇万円

本件著作権フリー表示により、原告はいつ何人から著作権を侵害されるかもしれず、自らの経済的利得の機会を奪われるのではないかとの不安にさいなまれている。また、祥元流ともいうべき原告の文字が、JCCAの会員でもある被告佐伯ないし被告古川によって歪められ、「祥元もどき」ともいうべき文字として広く流布されることは、商業書道の創始者かつ第一人者としてその発展を願ってきた原告にとって耐え難い苦痛である。

(三) 弁護士費用 一二〇万円

8  原告が著作者であることを確保するために適当な措置(第一事件)

被告会社は、本件著作権フリー表示により第三者による利用を推奨しており、このまま放置されると、第三者によって原告の著作権・著作者人格権が侵害される可能性が大きい。これを防止するには、被告会社が現に広告を行っている同被告のホームページ並びに朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の全国版に別紙一の広告をすることが必要不可欠である。

二  被告らの主張

1  「被告の趣及び華」を作成したのは、被告佐伯ではなく、被告古川である。

2  「原告の趣及び華」は、いわゆるデザイン書体であり、美術工芸品以外の応用美術に属するのであるから、著作権法二条一項一号の「美術」には含まれず、美術としての著作物性を有しない。

3  仮に「原告の趣及び華」に著作物性が認められたとしても、「被告の趣及び華」は、「原告の趣及び華」に依拠して再製されたものではなく、被告古川が独自に指文字として作成したものであり(ちなみに、「原告の趣」は毛筆文字、「原告の華」は指文字である。)、複製権、翻案権を侵害するものではない。

原告は、前記二3のとおり、「本件各趣」について①ないし⑦の特徴を挙げるが、これらはいずれも書体、字体に関するものである。同じく、「本件各華」について①ないし③の各特徴を挙げるが、①②は書体、字体に関するものであり、③は単に指文字における一つの作成方法にすぎず、思想又は感情を創作的に表現したものとはほど遠い。

要するに、原告は主として書体、字体の類似性を主張するにすぎず、書体、字体そのものは著作物性を有しないのであるから、仮に原告主張の特徴があったとしても、原告の著作権(複製権、翻案権)を侵害するものではない。

第四当裁判所の判断

一  争点1(「原告の趣及び華」に著作物性が認められるか。)について

1  前提となる事実及び《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告は、「原告の趣」を、昭和五八年にダイレクトメールのタイトルロゴとして毛筆で墨書して作成し、昭和六三年に「商業書道を拓く」という書籍に収録した。また、原告は、「原告の華」を、平成元年に店舗ロゴ「雪華亭」の中の一文字として指で墨書して作成し(指文字)、平成三年に「上坂祥元の商業書道」という書籍に収録した。原告は、いずれの文字も、多数の印刷等も予定される広い意味での広告に使用される「書」として、下書きをせず、なぞるようなことなく、一気に書き上げるという手法で作成しているが、それぞれの広告の目的に応じたデザイン文字であると位置づけている。

2  著作権法は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義し(二条一項一号)、著作物の例示として、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を掲げる(一〇条一項四号)とともに、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と定めている(二条二項)。「原告の趣及び華」は、文字を素材とした造形表現物であるので、右の「美術の著作物」に該当するかどうかが問題となる。

(一) 文字を素材とした造形表現物が、美術の著作物として認められるためには、当該表現物が、知的、文化的精神活動の所産として、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性(後述の純粋美術としての性質)を持ったものであり、かつ、その表現物に著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものに限ると解するのが相当である。

文字は、視覚的には当該文字固有の字体によって識別され、その多様な組み合わせ等により様々な意味を付与されることによって、人間社会における情報伝達手段を果たしているという特質を有する。したがって、文字自体は、情報伝達手段として、また、言語の著作物を創作する手段として、万人の共有財産とされるべきものである。そして、文字は当該文字固有の字体によって識別されるのであるから、多少の創作的な装飾が加えられた字体であっても、社会的に情報伝達手段として用いられる需要のある字体について、特定人に対し独占排他的な著作権を認めることは、その反面でその範囲について他人の使用を排除してしまう結果になる。そのような事態は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」という著作権法の目的(一条)に反するものであるから、これを認めることはできない。

他方、文字を素材とした造形表現物の中でも、元来美術鑑賞の対象となるような書家による書は、字体、筆遣い、筆勢、墨の濃淡やにじみ等の様々な要素により多様な表現が可能な中で、筆者の知的、文化的精神活動の所産としての創作的な表現をしたものとして著作物性が認められるのは当然であり、書家による書に限らず、「書」と評価できるような創作的な表現のものは、美術の著作物(著作権法一〇条一項四号)に当たると解される。そのように解しても、書は、そのまま情報伝達手段として利用すべき社会的な需要が少なく、これに独占排他的な著作権を認めても前記のような弊害を生じることはない。

そこで、本件についてこれをみると、前記1の事実及び別紙二上下段右側記載の「原告の趣及び華」自体によれば、「原告の趣及び華」は、確かに広義の広告のためのデザイン文字としての側面を有するものの、書又はこれと同視できるほどに、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有しており、かつ、それに著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものと認めることができるから、美術の著作物に該当するというべきである。

(二) 被告らは、「原告の趣及び華」は、いわゆるデザイン書体であり、美術工芸品以外の応用美術に属するのであるから、著作権法二条一項一号の「美術」には含まれず、美術としての著作物性を有しないと主張する。

応用美術とは、実用に供する物品に応用することを目的とする美術をいい、専ら鑑賞を目的とする純粋美術と対比されるものである。前記1の事実によれば、「原告の趣及び華」は、広義の広告という実用に供することを目的としているので、応用美術に属するといえる。

前記のとおり、著作権法は、応用美術の作品の中で、それ自体が実用品である美術工芸品について、美術の著作物に含むと規定している(二条二項)が、それ以外の応用美術の作品を著作権法による保護の対象とするか否かについて明文の規定を置いていない。そこで現行の著作権法の制定過程についてみると、著作権制度審議会が、昭和四一年四月二〇日、文部大臣に提出した著作権改正に関する答申では、応用美術の保護について次のように述べられている。

「1 応用美術について、著作権法による保護を図るとともに現行の意匠法等工業所有権制度との調整措置を積極的に講ずる方法としては、次のように措置することが適当と考えられる。

(一) 保護の対象

(1) 実用品自体である作品については美術工芸品に限定する。

(2) 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、それ自体が美術の著作物であり得るものを対象とする。

(二) 意匠法、商標法との間の調整措置

図案等の産業上の利用を目的として創作された美術の著作物は、いったんそれが権利者によりまたは権利者の許諾を得て産業上利用されたときは、それ以後の産業上の利用の関係は、もっぱら意匠法等によって規制されるものとする。

2 上記の調整措置を円滑に講ずることが困難な場合には、今回の著作権制度の改正においては以下によることとし、著作権制度および工業所有権制度を通じての図案等のより効果的な保護の措置を、将来の課題として考究すべきものと考える。

(一) 美術工芸品を保護することを明らかにする。

(二) 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有するものであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。

(三) ポスター等として作成され、またはポスター等に利用された絵画、写真等については、著作物あるいは著作物の複製として取り扱うこととする。」

右答申のうち、1は第一次案、2は第二次案であるが、現行著作権法は、第一次案を採用せず、第二次案に基づいて立法されたものと解されている。そうすると、応用美術について、広く一般に美術の著作物として著作権の保護を与える解釈をとることは相当ではないが、応用美術であるからという理由で、一律に美術の著作物性が否定されるものでないことも明らかである。

そこで、本件のように広義の広告に用いることを目的とする応用美術に属するところの文字を素材とする造形表現物について検討すると、右答申の第二次案である2の(三)の考え方が参考になる。これは、絵画、写真等の著作物は、ポスター、絵はがき、カレンダー等に使用される目的で作られ(応用美術)、あるいはポスター等に利用されても(純粋美術の実用化)、そのためにその著作物としての性質を失うものではなく、著作権法によって保護されるという考え方である。このような類型においては、実用に供するための応用美術と、専ら鑑賞を目的とする純粋美術とを截然と区別することは困難であり、また、作成者の右のような主観の違いだけで同一の表現物に著作権の保護が与えられたり、与えられなかったりすることは合理的とはいえない。したがって、広義の広告に用いることを目的とする応用美術に属する文字を素材とする造形表現物については、客観的に見て純粋美術としての性質も有すると評価し得るもの、すなわち、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有すると認められるものについては、美術の著作物として、著作権の保護を与えるのが相当である。

「原告の趣及び華」は、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有することは、前記(一)で認定したとおりであり、応用美術に属するという理由で美術の著作物性を否定されるものではない。

二  争点2(被告らによる原告の著作権、著作者人格権侵害の有無)について

1  「被告の趣及び華」の作成者について、被告佐伯がこれらを作成したことを認めるに足りる証拠はなく(第一事件)、被告古川がこれらを作成したことは当事者間に争いはない(第二事件)。また、弁論の全趣旨によれば、被告古川は、「被告の趣及び華」を、指で墨書して作成した(指文字)ことを認めることができる。

2  そこで、被告古川による「被告の趣及び華」の作成行為が、「原告の趣及び華」に関する原告の著作権(複製権、翻案権)、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するかを検討する。

前記一のとおり、「原告の趣及び華」は、文字を素材として造形表現される美術に関する著作物である。また、文字自体は、情報伝達手段として、万人の共有財産とされるべきところ、文字は当該文字固有の字体によって識別されるものであるから、同じ文字であれば、その字形が似ていてもある意味では当然である。したがって、書又はこれと同視できる創作的表現として、著作物性が認められるといっても、独占排他的な保護が認められる範囲は狭いのであって、著作物を複写しあるいは極めて類似している場合のみに、著作権の複製権を侵害するというべきであり、単に字体や書風が類似しているというだけで右権利を侵害することにはならないし、ましてや、著作権の翻案権の侵害を認めることはできない。

これを本件についてみると、別紙二上段左右側記載の「本件各趣」及び同下段記載の「本件各華」をそれぞれ対比検討すれば、「本件各趣」及び「本件各華」は、原告主張のような字体上の類似点があることは肯定できるが、いずれも単に字体や書風が類似しているにすぎず、字体の細部のほか、筆の勢い、運筆、墨の濃淡、かすれ具合等で一見明らかな相違点を随所に認めることができる。右事実によれば、「被告の趣及び華」が「原告の趣及び華」を複製したものと認めることは困難であるといわざるを得ない。

したがって、被告古川による「被告の趣及び華」の作成行為が、「原告の趣及び華」に関する原告の著作権(複製権、翻案権)、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するとは認められない。

第五結論

以上のとおりであり、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 渡部勇次 水上周)

<以下省略>

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